住み継ぐという行為を、建築としてどう引き受けるか

建築を学んでいると、ときどき立ち止まって考える瞬間がある。

「新しく建てること」だけが、本当に建築なのだろうか、と。

今回取り上げる「弓弦の家」は、その問いに対して、力強い答えを示してくれる住宅である。

建築概要

所在地:茨城県新治郡八郷町弓弦

家族構成:2世帯3人家族

設計:長谷川敬アトリエ

竣工年:1995年

構造:木造2階建

掲載:住宅建築253号

 特集「住み継ぐ記録 住まい改修の方法 -16題」(1996年4月)

面積

• 敷地面積:495㎡

• 建築面積:115.61㎡

• 延床面積:143.87㎡

• 地域地区:指定なし

土地の特性を読む

敷地は南東方向に霞ヶ浦を望み、すぐ脇には県道138号線が走る。

自然に恵まれた、いかにも穏やかな地域であり、平坦で風通しの良い土地柄である。

この住宅は、風景に対して無防備に開くのでもなく、過剰に閉じるのでもない。

その中間を、非常に繊細なバランスで選び取っているように思える。

平面図から読み解く

この住宅の平面計画を読み解く上で重要なのは、既存の母屋と土間を残したまま、娘夫婦が住み継ぐという前提条件だろう。

すべてを新しくするのではなく、「残すべきもの」と「変えるべきもの」を見極める。

その姿勢が、平面全体に静かに表れている。

水回りは一直線に整理され、生活空間は北と南に大きく分節されている。

その中央に配置された納戸は、単なる収納ではなく、生活のリズムを緩やかにつなぐ“緩衝帯”のようにも見える。

想像してみる。

朝、北側の居室で目を覚まし、濡縁に腰を下ろして、静かに一日を始める。

昼には、光に満ちた南側の空間や、二階のアトリエでそれぞれの時間を過ごす。

夕方になると、土間へと差し込むやわらかな光が、家族を自然と同じ場所へ引き寄せる。

この平面図は、

人の移動ではなく、人の営みそのものを描いているそんな印象を受けた。

断面図から読み解く

断面で最も印象的なのは、二階アトリエ西側に設けられた天窓である。

民家としては決して奇抜な断面ではない。しかし、たった一つの天窓が、この建築に「時間」を持ち込んでいる。

午前中は直射を避けた柔らかな光が差し込み、空間は穏やかに保たれる。

午後から夕方にかけては、西日がアトリエを染め、

一日の終わりを静かに知らせる。

雨の日には、屋根を打つ音が、視覚より先に天候の変化を伝える。

この断面は、

光や音といった非言語的な要素を通して、住まい手に時間を伝える計画なのだと思う。

この建築の核心

先代が大切に守ってきた家を、単なる「古いもの」として扱わず、次の世代へ確かに手渡していく。

そこには、効率や新しさでは測れない価値がある。

長谷川敬アトリエは、人と人の関係性、そして思い入れの宿る空間を、極めて誠実に建築へと翻訳している。

この住宅の核心は、派手な造形や新しい技術ではない。

「人が人を思う気持ちを、空間としてどう残すか」

その一点に、徹底して向き合った建築だと感じた。

「弓弦の家」は、建築が必ずしも“新しさ”によって価値を持つわけではないことを教えてくれる。

   残すこと。

   受け継ぐこと。

建築学生として、社会に出る前に、こうした姿勢を学べる住宅は、決して多くない。

この建築は、長く住み続けられる建築の本質を、そっと問いかけてくる存在だと思う。

白雉和京(しらきじ わきょう)

建築学生/建築学科2回生

https://www.instagram.com/sirakiji_wakyo_designs