ー近代建築初の国宝ー
東京・赤坂の高台に、静かにして圧倒的な存在感を放つ建築がある。
それが、近代建築として初めて国宝に指定された迎賓館赤坂離宮である。
この場所は、かつて江戸期に紀州徳川家の邸地であった。
明治維新後、皇室の財産となり、その名を「赤坂離宮」と改める。
時代の変革とともに、土地の意味もまた変化していったのだ。
設計を担ったのは、宮殿建築の第一人者と称される宮内省技師、
片山東熊
明治という西洋化の時代の只中で、彼は国家の象徴となる建築を任された。
そして明治42年(1909年)、壮麗なる宮殿が竣工する。
ここで重要なのは、「ただ豪華」なのではないという点だ。
国家の威厳、近代国家としての自負、そして西欧列強に対する対等性。
それらすべてを建築に込めるという、極めて政治的かつ文化的な使命がそこにあった。
迎賓館は、ネオ・バロック様式のレンガ造り、
地下一階・地上二階建ての構成をもつ。
ネオ・バロックとは何か。
新古典主義的な威厳と、バロック的な彫塑性を併せ持つ建築意匠形式
直線的で秩序ある構成に、躍動する装飾。
均整の中にある動き。
抑制と華麗の同居。
ファサードの中央強調、リズミカルな柱列、
重厚な装飾の陰影。
それらはすべて、
「国家の顔」としての役割を果たすために緻密に構成されている。
建築が外交の舞台装置となる瞬間である。
戦後、この建物は新たな役割を担う。
そして改修を手掛けたのが、昭和を代表する建築家、
村野藤吾
村野は、原型の尊厳を壊すことなく、機能的な再生を試みた。
古典の格式と、近代の合理性。
その橋渡しが行われたことにより、
迎賓館は単なる保存建築ではなく、「今も生きる建築」として存在している。
白雉和京(しらきじ わきょう)
建築学生/建築学科2回生