路地を抱く

都市の集合住宅が効率へ傾くなかで、“路地”という人間的スケールを取り戻そうとした建築がある。

埼玉県草加市に建つ「屯・Ⅱ」は、6戸からなる木造2階建ての集合住宅。

だがこれは単なるアパートではない。

建築概要

所在地:埼玉県草加市吉町

設計:DON工房/大野正博

竣工年:1996年

構造:木造2階建

掲載:住宅建築 1996-10

面積

敷地面積:403.46㎡

建築面積:201.43㎡

延床面積:356.06㎡

地域地区:第一種住居専用地域

土地の特性

草加市吉町。

東京近郊の住宅都市として発展してきたエリアであり、戸建て住宅と小規模集合住宅が混在する穏やかな街並みである。

第一種住居専用地域という条件は、過度な商業化を避け、“暮らし”を中心に据えた環境を形成している。

この土地で住人同士の距離感をどう設計するかという問いに向き合うことでもある。

平面図から読み解く

平面図を見た第一印象。

  正直に言えば、分かりにくい。

6戸の2階建て集合住宅。

しかし、整然と並ぶ一般的なアパート型とは明らかに違う。

部屋の内部構成は一見すると合理的だ。

だが、どこか違和感がある。

その核心は、キッチンのコンロ上部(実際にはすぐ横)が吹き抜けになっていることだ。

通常、集合住宅では匂いや煙の拡散を抑えるため、キッチンは閉じた処理をする。

しかしここでは、コンロ上部が縦方向に抜けている。

香りの強い料理をすれば、2階の和室へ匂いが上がる可能性は高い。

換気扇があるとはいえ、生活のリアリティを考えると大胆すぎる構成にも映る。

さらに、火災時の延焼リスクへの不安も拭えない。

もちろん法規上は成立している。

だが住まい手の心理としてはどうか。

それでもこの吹き抜けを設けた理由は何か。

おそらくそれは、

縦の気配を共有することにある。

家族の気配。

上下階の存在。

横のつながりだけでなく、縦の連続性を強調したかったのではないか。

断面図から読み解く

断面図を確認すると、火が即座に2階へ達する構造ではない。

実際には、相当量の火勢と時間が必要だ。構造的には一定の安全性は担保されている。

しかし重要なのは、物理的安全性だけではない。

心理的安心感である。

吹き抜けは空間を豊かにする一方で、生活音、匂い、熱を共有する。

それは、個室化が進む現代住宅へのアンチテーゼとも言える。

完全に分断された住戸ではなく、わずかに繋がりを残す構成。

断面で見ると、この建築は“閉じた集合住宅”ではなく、“縦に呼吸する住まい”であることが分かる。

この建築の核心

「屯・Ⅱ」の核心は、現代における長屋的コミュニティの再提示にある。

効率的に住戸を並べるだけなら、もっと合理的な解はある。

しかしこの建築は、路地空間をつくり、吹き抜けを通じて上下の気配を残し、

住戸同士の関係性を完全には断ち切らない。

それは、“孤立しない集合住宅”を目指した挑戦とも読める。

もちろん、匂いや防災面への懸念は拭えない。

だが設計とは、常に何かを得て、何かを手放す行為だ。

この建築は、安全性や合理性を極限まで追うのではなく、

人の気配が交差する住環境を選択した。

そこに、この建築の覚悟がある。

白雉和京(しらきじ わきょう)

建築学生/建築学科2回生

https://www.instagram.com/sirakiji_wakyo_designs